プラットフォームビジネスが流行りだして久しいけれど、利用してみないと評価も出来ないと言うことでやってみることにしました。
COURRiER Japonの今月号の特集記事に感化されたのはあるけれど。。。
TWITTER ID:realistic hermit
つぶやきといっても、セルフブランディングの手段のような印象だけど、どうなのだろう。
どんなにバーチャルを利用しようと、リアルでアナログなつながりを大事にしたい。
2010年7月27日火曜日
2010年7月22日木曜日
[WORK DAY113] 計画と設計の狭間
働き出して113日目が終わった。最初の1ヶ月は時間もあったが、そんな時間がずっと続くわけもなく忙しくなって、すごく忙しくなり、ようやく一段落。
そんなところで、今回の仕事での反省点等々を備忘録的に。
この3ヶ月の間に運良く、デザインの仕事ばかりしてきた。土木設計事務所で働いていて、こんなことは、運が良いとしか言いようがないし、自分自身も想定していなかった。しかし、その代償として、一級の勉強はほとんど出来ず、今週末の試験を受ける予定。。
今までのインプットを一気に放出していっているような感覚で仕事している。資料を一つまとめるために、自分の今までの形に対する考えをまとめている感覚。スイスで働いていた頃は、頭の中にある形態や空間イメージが先行し、後でロジックをくっつけるという進め方が多かったけれども、今は気をつけないとロジックが先行し、後から形態や空間イメージを考えてしまう。説明責任が大きくなろうが、デザインプロセスは変えてはいけない。ガンジガラメのロジックからは、人を感動させる空間や形は生まれない。と、自分に言い聞かせつつ、仕事をしていた。
新しいアイデアはいくらでも思いつくが、それを形に落とし込む時間がない。スタディを十分に重ねていないアイデアは稚拙で、説得力に欠ける。数あるアイデアの中から、持続力のあるイメージを選別し、それを洗練させていかなければならない。タイトかつ少ない予算の中で、「効率的に」デザインすることが組織では求められる。「効率的にデザインする」というのがどれほど難しいか思い知らされた。
ある先輩が言った「土木において、デザインはサービス業(無償の仕事)」という意味が少しわかってきたような気がする。デザインが技術として会社に(あるいは社会に)定着していないこともわかってきた。頭ではわかっていたことが、体験として理解することの違いを今更ながら再認識した。
土木設計においては、安全が最優先されてきた。それは、設計において必要条件であるけれども、十分条件ではないと思う。しかし、構造設計=設計になっているのが現状。構造設計は、一つ一つの条件をモデル化・数値化していき、後戻りせずに一つ一つの要素を組み上げモノを設計していくボトムアップ式思考法が求められる。また、一つのことに卓越した集中力を示す職人的な素養が求められる。組み上げてきた一つのエレメントに対して、デザイナーが「美しいから」の一言で変更を求めても説得力に欠ける。一級の土木技術者は、ボトムアップ式思考法の職人と言ってもよいかもしれない。
一方、計画は、設計と比較すると、実際立ち上がってくる建築や構造物に対しての責任が薄いので、職人的な素養は求められない。しかし、発想力が求められる。
プランニングは、ある程度の正解があるけれども、それを形に落とし込む手法は多様で正解がない。実務レベルでは多用されているゾーンプラニングやノード-リンクプランニングでは、魅力的な都市空間は生まれないのは、日本の都市をみれば自明であるように思う。
アレグザンダーやチャンディガールにポストゾーンプラニング手法の可能性を感じる。そして、それらの思想は、修論でやった(やりたかった)ホロン的風景論の話や日本の伝統的空間の新しい読み解き方につながっていくのではないかと漠然と考えている。そして、そこにこそ、計画と設計の架け橋となる本質が潜んでいる気がしてならない。
と、久しぶりに早く仕事が上がれたので思いつくままに書いてみた。
明日は、現場見学。立ち上がるスラブを見てわくわくしてきます。
プランニングは、ある程度の正解があるけれども、それを形に落とし込む手法は多様で正解がない。実務レベルでは多用されているゾーンプラニングやノード-リンクプランニングでは、魅力的な都市空間は生まれないのは、日本の都市をみれば自明であるように思う。
アレグザンダーやチャンディガールにポストゾーンプラニング手法の可能性を感じる。そして、それらの思想は、修論でやった(やりたかった)ホロン的風景論の話や日本の伝統的空間の新しい読み解き方につながっていくのではないかと漠然と考えている。そして、そこにこそ、計画と設計の架け橋となる本質が潜んでいる気がしてならない。
と、久しぶりに早く仕事が上がれたので思いつくままに書いてみた。
明日は、現場見学。立ち上がるスラブを見てわくわくしてきます。
2010年4月20日火曜日
[WEEKEND 2&3] ハートロッカー、バレー、大徳寺
なにも生産活動をしていないのにもかかわらず、初任給をいただいた。張り切って、書棚やダイニングテーブルなど必要な家具を買おうと思っていたけれども、とりあえずはオールインワンプリンターを買うことにする。
といっても、引越手当や住居手当等を差し引けば、手取りは、スイスでもらっていた額とあまり変わらない。記念に通帳記帳をした。キャッシュカードを持ってから通帳記帳したことなかったけれども、たまには変化をつけてみるのも良い。社会人になったという実感をじわじわと感じている。
平日は、20時には家に帰っている。その後は、建築士の勉強と読書、スケッチ。
休日は、なるべく人に会うようにしている。
土曜日は、机が届く。立花通り周辺で探しまくってコストパフォーマンスの高いものを買った。今思えば、この出費のせいで今日まで節約生活を強いられた。。
その後、梅田でアカデミー賞受賞作の「ハートロッカー」を見る。個人的には、「アバター」の方が断然良いと感じた。極限状態の心理に興味があって戦争映画は40近くみたけれども、それらを超える人間の本性について考えさせる卓越した視点や共感できるものは感じなかった。個人的には、作品全体にメランコリックな雰囲気があるなかにも、現実を見据えながら希望を見え隠れさせる作品が好きだ。音楽とシーンがマッチしているのもポイント高い。わかりやすく言うと、「俺、生きてて意味あるのかな−。いや、でもとりあえず太陽の陽が気持ちいいから今日も生きよう。」そんなテンションの映画。具体的には、ヴィム・ヴェンダースの「ランド・オブ・プレンティ」など。
ハートロッカーは、正義と悪や生と死など、人間の存在意義、自分の存在意義など答えがない禅問答について考えさせる戦争映画ではない。映画冒頭に出る字幕で宣言された戦争に対して固定的な視点が貫かれている。その視点は、特に新しい見方でもなく、面白さを感じることはできなかった。
日曜日は、バレーの社会人リーグの試合に出る。初心者なので、顔面レシーブを何回か。。でも、久しぶりの試合で楽しかった。
Weekend 3 (4/17-18)
スイスつながりのKさん、研究室の後輩らと大徳寺の庭園をまわり、安藤さん新作の俄を見て、エースカフェでアペリティフ、建築談義前哨戦。その後、祇園でご飯。都市・建築談義。
様々なトピックについて話すことが出来て面白かった。最後の方は、お酒が入っていたのでまともに話せていなかったように感じるが。。勉強不足なのを痛感した。
キーワードは、建築家・アーキテクトの職能・コンテクスト・プログラム・メディア・共感・都市の欲望・対他的な都市・対自的な都市。まだ、答えは出ないけれども、戦略的に考え続けていかなければならない。
2010年4月7日水曜日
[WEEKEND 1] SAKURA, EXHIBITION




<仕事>
昨日、東京のホテル暮らしから帰阪した。今日は、早速業務と研修を兼ねたような仕事をする。研究とデザインで学生時代に培ってきたスキルは、どのような業務をするのにも役に立ち汎用性があることを改めて認識する。この会社は、ほとんど研修がない。やりながら覚えろというスタンス。そういうスタンスは嫌いではない。
歓迎会では、会社で飲み、銀座の店を3件はしごして、ホテルに着いたのは3時過ぎだった。女の子たちの名刺をたくさんもらったけれども、まったく顔を覚えていない。 役員の前で最初からGratefulDaysを歌うことになるとは思わなかった。けど、皆人当たりが良くて働きやすそうな印象を受けた。良い意味で上下関係が厳しく なく、自由にものが言える雰囲気は、やはり専門家集団であるということの現れだと感じた。
<桜>
友人の松井さんの展覧会に行った。Baselで知り合って早3年。ウォーリーを探せ的なカオスの中にも一つ一つの要素の関係を感じることが出来る面白さが彼女の作品の魅力だと勝手に思っていた。良い刺激をもらいました。ありがとう。焼き肉もおいしかった!
先週末は、知らない間に桜が満開になっていた。白金台であった松井さんの展覧会の帰りに、桜の美しさのおかげで怪我をした。ギャラリー横の公園で桜に気をとられ、上を見上げていたら車よけに激突してスネを負傷。桜に癒されていた気持ちは吹っ飛び、体中に激痛が走った。昼間から堂々とキスしていたカップルがこちらを振り向く。ばつが悪かったので、痛くないふりをして歩き続けた。後で怪我した箇所を見ると、流血してはやくもアザが出来ていた。。いまだに、少し痛む。
スイスから帰国後は、桜のありがたさを身にしみて感じるようになった。
桜。思いつくままにかってに桜について考えたことを書いていこうと思う。
「日本の木=桜」というイメージが定着したのはいつ頃だろうか。『築山庭造伝』などの江戸期の作庭書には、桜に関する記述よりも松に関する記述の方が圧倒的に多い。短歌や俳句などを見ても、桜に関する記述が圧倒的に多かったわけではないようだ。しかし、「サクラサク」が試験の合格などを表すように、慣用表現としても使われている。このような使い方は、旧制高等学校や国家一種などの試験競争が激化した明治以降に生まれた表現であるようにも思える。他に思いつく桜が日本の木を認識されるきっかけとなった出来事として、1912年に、1800本の荒川堤の五色桜を穂木にした桜がアメリカに寄贈されたということがある。ワシントンのポトマック河畔に植樹され、現在でも桜の名所となっている。このことが、アメリカにおいて「桜=日本の木」というイメージが形成される一助となったことは想像に難くない。このイメージが逆輸入されて、日本でも定着したのかもしれない。確証は全くなく推論でしかないけれども。。
現在の日本では、鑑賞する樹木の筆頭として桜が挙げられる。現在、伝統的だと思われている建築や庭園に関する考え方、ものの見方などは以外と明治以降のものが多いのはよく知られているが、桜もそうかもしれない。
<理解>
先週末は、他にも、このblogでも書いたChristo-Janne Claudeの展覧会、根津美術館に行った。夜は、東京タワーへ行きおのぼりさんになった。オープンハウスを見に行く予定だったが、寝過ごして行けず。
展覧会では、いろいろと考えさせられた。以前のblogでは、包むという行為は、現象学で言うところの「エポケー」であるといったが、そうではないというのが今回の展覧会で得た一つの理解だった。包むという行為によって表現される一つのメッセージとして、「もの(もしくは自然)と人の関係を再考せよ」ということがあると感じた。「人」と「もの」の関係のなかで、「もの」は「意味」を持つことになる。包むという行為により、包まれるものが持つある要素が喪失する。それは、樹木の樹冠の複雑な表層であったり、橋のデコラティブなディテールだったり、電話の機能であったりした。その要素が喪失することにより、その要素が持つ意味が際立って感じられる。言い換えると、「失って初めてその意味に気づく」ということだ。しかし、彼らのやり方が絶妙なのは、包むという単純な行為によって、その「もの」の要素を剥奪しながらも、その「もの」の存在感は強調されているという点にあると思う。包まれたポン・ヌフは、ディテールをはぎ取られ、シンプルなボリュームとなり、そのディテールが持つ意味を考えさせるものだった。また、日常の風景として当たり前に受け入れられてきた一つの橋のデザインについて、市民に考えさせるきっかけとなった(当時、ポンヌフの周辺でこの橋のデザインについて議論しているパリ市民が多数いたことがドキュメンタリーに記録されている)。そういう意味で、彼らの表現は、「関係を再考する」というメッセージを強く持つものだったのではないかと思う。これは、すべての作品に言えることではないけれども、彼らの作品の性質の一側面を捉えているのではないかと思う。
補足的に。彼らのスケッチと安藤忠雄のスケッチが似ていると感じた。色鉛筆の筆致やパースを効かせるラインを強調した描き方などが似ている。
明日も仕事なのでこのへんで。
2010年4月1日木曜日
[WORK DAY1] Beginning
社会人一日目。備忘録的に。
今日から、土木設計事務所で働く。8年間も学生をやっていたせいか、あまり実感はない。入社式を終え、採用通知を受け取っても実感がなかった。
午前中は、研修。
会社の理念について、共感することが多かった。会社理念がインターネットやパンフレットの文字面だけになってしまっている会社が多い中、役員や社員の人の話の端々にはそれぞれが会社理念を咀嚼した結果出てくる言葉があった。かといって、疑うことは忘れずに常にアンテナを張り巡らせておく必要も感じた。
社内にある診療所などの支援体制や職員組合などなどのお話。人権問題についての講義もあった。
研修の中で、やはりこの会社を選んで正解だったと感じた。この会社が目指す職場環境としての目標像に、ヨーロッパ的なものを感じた。10年後には、インターンしていたスイスの組織設計に似た職場環境になっていくだろう。
グループの懇親会では、アウェー感を感じながらも、喫煙ルームで交流が少し広がった。また、同じ大学の人たちともつながることができた。
製造物責任法(PL法)成立以降(1995-)、建築家や技術者として社会に求められる責任が大きくなってきている。当たり前のことであるが、過去の失敗から学び、今後に生かす姿勢が重要になってくる。
勉強しなければならないことは山積しているが、ビジョンをしっかり持ちながら着実に前に進んでいきたいと思う。
2010年2月16日火曜日
[AIDE-MEMOIRE] 景観研究の将来
卒業論文、修士論文において通底して考えていたことは、人間は風景をどのように見ているかということだったと思う。研究室に配属されてから書き始めた本のレビューが100冊近くになった。景観、建築、都市計画、現象学、美学、造園学の先人たちの深遠な知識と思考の海の中で、つかんだものは藻屑なのか、それとも本質なのか。今回の修士論文で、現時点での一つの答えがでたと自分では考えている。学会で発表したいのでここには書かないけれども、この答えらしき考えを中心に物事を考えるようになったのは、自分の中でひとつのパラダイムシフトが起こったような感覚である。
研究の背景を書いていると調子に乗って5ページ近くになってしまった。その中の論文ではカットした景観研究の将来について、個人の考えを備忘録的に書き留めておきたいと思う。ここに書いてある考えは、もちろん私一人の考えではない。今まで関わって議論してきたいろんな人たちの考えも入っている。こんなことを言い出したら、そもそも真にオリジナルがあるのかという命題に行きつくけれども、ここでは感謝の意を示すという意味であえて書いておく。そして、研究者ではない自分がこんなことを書いていいのかとも思うけれども、それも棚上げにしておく。意見・反論などはうれしい限りで、議論のネタにして本質に迫っていければと思う。
「景観研究」として風景を読み解いていくには、基本的に二つのアプローチがある。環境の物理的な側面を表す「見え」を明らかにしようとするアプローチと主観が介入しイメージ論的な「見方」を明らかにしようとするアプローチである。ここでの「見え」は、空間論で言うとユークリッド的な空間を指し、「見方」はアリストテレス的な空間をさす。シュルツの言うように、人間は、環境とかかわりあいながら自分を環境の中に定位しながら風景をみている。つまり、この「見え」と「見方」がインタラクティブに絡み合って現象しているのが風景を見るという行為なのではないか。なので、樋口忠彦先生がおっしゃられるように、景観研究は、「見え」と「見方」、両方の研究が必要であると思う。「見え」の研究は、ギブソンに代表される視覚心理学を中心に発展してきた。「見方」の研究はどうか。優れた研究も多くあるけれども、その蓄積は十分ではないと思う。研究の余地が十分にある。ちなみに、印象実験をして、それを表現する形容詞を統計操作しても、それは「見え」の研究でも「見方」の研究でさえない。この手の研究は、あらゆるフェーズに研究者の主観が介入しているのもかかわらず、そこから導き出される数値的結論はそれを感じさせないのが曲者だろう。研究に主観が介入するのは、悪いとは思わない。研究とは、そもそも主観(問題意識)がなければ成り立たないし、優れた研究というのは、えてして研究者の思想が研究全体に透徹されているものだとも思う。
話がそれてしまったが、今景観研究に求められているのは、物理的表層をなでまわしたものではない。そもそも、土木分野でもよくつかわれるようになってきたデザインという言葉は、物の物理的な側面を指す言葉ではない。
歴史のなかで、様々な見方が形成され、ある見方は消滅し、ある見方は持続してきた。それらは、なぜそうなったのか。歴史の中に現代に援用すると価値がある見方があるのではないか。そういった価値のある見方を知るには、研究の蓄積が必要である。
美人の定義の変遷が一番伝わりやすいかもしれない。江戸時代まで、美人とされていた人たちの顔立ちは、現在の美人とはだいぶ異なったものであったことはよく知られている。これも見方の変容によるものだ。これは一例で、現代に援用できないし、援用できたとひても喜ぶのは一部の人たちだけだろう。
つまり、景観研究に今度求められるのは、先人達が築き上げてきた表層の奥に潜む深遠で豊かな世界の一つ一つを明らかにしていくことではないかと考える。そうしないと、ポストモダンの失敗がまた繰り返され、表層と意味の乖離が生じてしまう。
まとまりのない文章になってしまったが、備忘録なので、ある程度考えがまとまったらまた書こうと思う。
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