2010年4月7日水曜日

[WEEKEND 1] SAKURA, EXHIBITION






<仕事>
 昨日、東京のホテル暮らしから帰阪した。今日は、早速業務と研修を兼ねたような仕事をする。研究とデザインで学生時代に培ってきたスキルは、どのような業務をするのにも役に立ち汎用性があることを改めて認識する。この会社は、ほとんど研修がない。やりながら覚えろというスタンス。そういうスタンスは嫌いではない。
 歓迎会では、会社で飲み、銀座の店を3件はしごして、ホテルに着いたのは3時過ぎだった。女の子たちの名刺をたくさんもらったけれども、まったく顔を覚えていない。 役員の前で最初からGratefulDaysを歌うことになるとは思わなかった。けど、皆人当たりが良くて働きやすそうな印象を受けた。良い意味で上下関係が厳しく なく、自由にものが言える雰囲気は、やはり専門家集団であるということの現れだと感じた。

<桜>
 友人の松井さんの展覧会に行った。Baselで知り合って早3年。ウォーリーを探せ的なカオスの中にも一つ一つの要素の関係を感じることが出来る面白さが彼女の作品の魅力だと勝手に思っていた。良い刺激をもらいました。ありがとう。焼き肉もおいしかった!

 先週末は、知らない間に桜が満開になっていた。白金台であった松井さんの展覧会の帰りに、桜の美しさのおかげで怪我をした。ギャラリー横の公園で桜に気をとられ、上を見上げていたら車よけに激突してスネを負傷。桜に癒されていた気持ちは吹っ飛び、体中に激痛が走った。昼間から堂々とキスしていたカップルがこちらを振り向く。ばつが悪かったので、痛くないふりをして歩き続けた。後で怪我した箇所を見ると、流血してはやくもアザが出来ていた。。いまだに、少し痛む。
 スイスから帰国後は、桜のありがたさを身にしみて感じるようになった。

 桜。思いつくままにかってに桜について考えたことを書いていこうと思う。
「日本の木=桜」というイメージが定着したのはいつ頃だろうか。『築山庭造伝』などの江戸期の作庭書には、桜に関する記述よりも松に関する記述の方が圧倒的に多い。短歌や俳句などを見ても、桜に関する記述が圧倒的に多かったわけではないようだ。しかし、「サクラサク」が試験の合格などを表すように、慣用表現としても使われている。このような使い方は、旧制高等学校や国家一種などの試験競争が激化した明治以降に生まれた表現であるようにも思える。他に思いつく桜が日本の木を認識されるきっかけとなった出来事として、1912年に、1800本の荒川堤の五色桜を穂木にした桜がアメリカに寄贈されたということがある。ワシントンのポトマック河畔に植樹され、現在でも桜の名所となっている。このことが、アメリカにおいて「桜=日本の木」というイメージが形成される一助となったことは想像に難くない。このイメージが逆輸入されて、日本でも定着したのかもしれない。確証は全くなく推論でしかないけれども。。
 現在の日本では、鑑賞する樹木の筆頭として桜が挙げられる。現在、伝統的だと思われている建築や庭園に関する考え方、ものの見方などは以外と明治以降のものが多いのはよく知られているが、桜もそうかもしれない。

<理解>
 先週末は、他にも、このblogでも書いたChristo-Janne Claudeの展覧会、根津美術館に行った。夜は、東京タワーへ行きおのぼりさんになった。オープンハウスを見に行く予定だったが、寝過ごして行けず。
 展覧会では、いろいろと考えさせられた。以前のblogでは、包むという行為は、現象学で言うところの「エポケー」であるといったが、そうではないというのが今回の展覧会で得た一つの理解だった。包むという行為によって表現される一つのメッセージとして、「もの(もしくは自然)と人の関係を再考せよ」ということがあると感じた。「人」と「もの」の関係のなかで、「もの」は「意味」を持つことになる。包むという行為により、包まれるものが持つある要素が喪失する。それは、樹木の樹冠の複雑な表層であったり、橋のデコラティブなディテールだったり、電話の機能であったりした。その要素が喪失することにより、その要素が持つ意味が際立って感じられる。言い換えると、「失って初めてその意味に気づく」ということだ。しかし、彼らのやり方が絶妙なのは、包むという単純な行為によって、その「もの」の要素を剥奪しながらも、その「もの」の存在感は強調されているという点にあると思う。包まれたポン・ヌフは、ディテールをはぎ取られ、シンプルなボリュームとなり、そのディテールが持つ意味を考えさせるものだった。また、日常の風景として当たり前に受け入れられてきた一つの橋のデザインについて、市民に考えさせるきっかけとなった(当時、ポンヌフの周辺でこの橋のデザインについて議論しているパリ市民が多数いたことがドキュメンタリーに記録されている)。そういう意味で、彼らの表現は、「関係を再考する」というメッセージを強く持つものだったのではないかと思う。これは、すべての作品に言えることではないけれども、彼らの作品の性質の一側面を捉えているのではないかと思う。
 補足的に。彼らのスケッチと安藤忠雄のスケッチが似ていると感じた。色鉛筆の筆致やパースを効かせるラインを強調した描き方などが似ている。

 明日も仕事なのでこのへんで。

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