2010年7月22日木曜日

[WORK DAY113] 計画と設計の狭間

 働き出して113日目が終わった。最初の1ヶ月は時間もあったが、そんな時間がずっと続くわけもなく忙しくなって、すごく忙しくなり、ようやく一段落。

 そんなところで、今回の仕事での反省点等々を備忘録的に。

 この3ヶ月の間に運良く、デザインの仕事ばかりしてきた。土木設計事務所で働いていて、こんなことは、運が良いとしか言いようがないし、自分自身も想定していなかった。しかし、その代償として、一級の勉強はほとんど出来ず、今週末の試験を受ける予定。。

 今までのインプットを一気に放出していっているような感覚で仕事している。資料を一つまとめるために、自分の今までの形に対する考えをまとめている感覚。スイスで働いていた頃は、頭の中にある形態や空間イメージが先行し、後でロジックをくっつけるという進め方が多かったけれども、今は気をつけないとロジックが先行し、後から形態や空間イメージを考えてしまう。説明責任が大きくなろうが、デザインプロセスは変えてはいけない。ガンジガラメのロジックからは、人を感動させる空間や形は生まれない。と、自分に言い聞かせつつ、仕事をしていた。

 新しいアイデアはいくらでも思いつくが、それを形に落とし込む時間がない。スタディを十分に重ねていないアイデアは稚拙で、説得力に欠ける。数あるアイデアの中から、持続力のあるイメージを選別し、それを洗練させていかなければならない。タイトかつ少ない予算の中で、「効率的に」デザインすることが組織では求められる。「効率的にデザインする」というのがどれほど難しいか思い知らされた。
 ある先輩が言った「土木において、デザインはサービス業(無償の仕事)」という意味が少しわかってきたような気がする。デザインが技術として会社に(あるいは社会に)定着していないこともわかってきた。頭ではわかっていたことが、体験として理解することの違いを今更ながら再認識した。

 土木設計においては、安全が最優先されてきた。それは、設計において必要条件であるけれども、十分条件ではないと思う。しかし、構造設計=設計になっているのが現状。構造設計は、一つ一つの条件をモデル化・数値化していき、後戻りせずに一つ一つの要素を組み上げモノを設計していくボトムアップ式思考法が求められる。また、一つのことに卓越した集中力を示す職人的な素養が求められる。組み上げてきた一つのエレメントに対して、デザイナーが「美しいから」の一言で変更を求めても説得力に欠ける。一級の土木技術者は、ボトムアップ式思考法の職人と言ってもよいかもしれない。
 一方、計画は、設計と比較すると、実際立ち上がってくる建築や構造物に対しての責任が薄いので、職人的な素養は求められない。しかし、発想力が求められる。

 プランニングは、ある程度の正解があるけれども、それを形に落とし込む手法は多様で正解がない。実務レベルでは多用されているゾーンプラニングやノード-リンクプランニングでは、魅力的な都市空間は生まれないのは、日本の都市をみれば自明であるように思う。

 アレグザンダーやチャンディガールにポストゾーンプラニング手法の可能性を感じる。そして、それらの思想は、修論でやった(やりたかった)ホロン的風景論の話や日本の伝統的空間の新しい読み解き方につながっていくのではないかと漠然と考えている。そして、そこにこそ、計画と設計の架け橋となる本質が潜んでいる気がしてならない。

 と、久しぶりに早く仕事が上がれたので思いつくままに書いてみた。

 明日は、現場見学。立ち上がるスラブを見てわくわくしてきます。


 

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