2008年9月11日木曜日

Zen life

 ここ二日は、午前中は語学、午後は研究室に行き研究していました。修士論文は禅宗寺院に関する研究なんだけれど、読んだ文献に面白い記述があった。禅者の生き方についての記述。共感するところがあった。

 「一般的に言って禅者の一生を大別すれば、三つの過程がある。第一の過程は、自己の心の本質を徹底的に追及するためにその生命をかける修行の時期。己事究明の時期。第二は、心の本質が明らかになって、古人の心境と同一線上に立つことによって師に許され一応の修業を終えて、山にかくれ、あるいは市井に隠れながら法を体得した自己の体験を純熟さすための閉じられた生活の時期。これを聖体長養(しょうたいちょうよう)。第三は、時機至って人のすすめに随ってやむなく社会の表面に出て多くの人々の苦悩を救うための大衆に開かれた生活。これを入鄽垂手とも為人度生(いにんどしょう)ともいう。」

 自分に投影してみる。今は、まだ己事究明の時期。でも、命をかけるほどの修行ができているかといえば、疑問がある。


 

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